
どうにもならない現実の中にある愛、映画『90メートル』【山時聡真×菅野美穂】
人生の岐路に立つ高校生の息子と難病を抱えながら我が子の希望ある明日を願うシングルマザーの揺るぎない愛を綴った物語、映画『90メートル』が公開される。
日常のささやかな出来事の積み重ねを通して描かれるのは、どうにもならない現実を前にしたときの迷いや痛み、そして、それでも人を想う気持ちの尊さ…。
本作で親子を演じた山時聡真さんと菅野美穂さんに、役作りへの向き合い方や撮影現場で感じたこと、
胸がギュッと締め付けられるけれど、母や周囲の人たちの優しさを感じてほしい

───「佑の置かれている現状や環境を、すごくしっかりと受け止めました」。脚本を読んだときの気持ちを振り返り、そう話しはじめてくれた山時さん。難病を抱えた母・美咲と2人で暮らす高校3年生の藤村佑という役を、どのように作り上げていったのだろう。
僕は佑と年齢が近いこともあって、佑自身の葛藤する気持ちに胸がギュッと締めつけられる感覚がありました。撮影に入る前に介護の練習をしたり、ヤングケアラーについて調べたりしましたが、すべてを理解することは難しかったです。正直、撮影中もわからないまま演じていた部分があったように思います。
でも、監督ができる限り順撮りにしてくださったおかげで、後半にいくにつれて所作にも慣れが出てきたり、佑の感情が少しずつ理解できたりしました。撮影を通して“佑”になれた気がします。
─── 母親の介護をすることになり、大好きなバスケ部を辞め、受験勉強もままならなくなってしまった佑に、自分を重ねる場面もあったそう。
僕もバスケ部だったんです。でも学生時代はすでにお仕事をしていたので、練習に出られる機会も少なくて…。しかも、キャプテンを務めていたんです。
なので、久しぶりの練習では、みんなを叱らなきゃいけない。まともに練習にも出ていないのに、どう立ち振る舞えばいいのかわからないですし、一生懸命練習したのに試合に出られない自分自身が一番悔しかったです。
何より、部活や学園祭など、学生時代を謳歌している友達が羨ましかった。佑を演じながら、その時の気持ちを思い出しました。
─── 菅野美穂さんとの初共演について伺うと、「正直、すごく緊張しました」と山時さん。
これまで出演されている作品をいくつも拝見してきましたし、本当に僕が息子役でいいのかな? という不安もありました。でも現場で、菅野さんが僕に爪を切らせてくれたんです。「介護する気持ちで切ってみて」って。
佑が日常的にやっていることを体で感じられて、それ以降、佑がどんな気持ちで日々を過ごしているのかを想像できるようになりました。おかげで、自然と息子になっていけた気がします。
─── 菅野さんのお芝居を間近で見て、自然と気が引き締まったと続ける。
リハーサルやテストの段階から毎回100%でお芝居をされていて、本番前から感情が溢れそうになる場面がいくつもありました。本当にプロフェッショナルな現場を、一番近くで見せていただけたことに感謝しかないです。
─── ご自身のお母さんについて伺うと、「いなきゃ寂しい存在」だと教えてくれた。
そろそろ一人暮らしをしたいなと思いつつ、ずっと実家暮らしをしています。なので、母がいないという景色がまだ想像できないです。母のことを思い出すと、まず浮かぶのが、ご飯の味とか、落ち込んでいたときにどう慰めてくれたかとか。言葉よりも体で覚えていることが多い。それだけ大きな存在なので、離れたら自分ひとりでやっていけるだろうかって、不安になりそうです。
反抗期? それは全くなかったです。僕には姉がいるのですが、姉の反抗期を見て「これ、意味がないな」と思ったんです(笑)。親も子も、どちらにとっても良いことはない気がするし、そもそも親には勝てません(笑)。
─── 昨年20歳を迎えた山時さん。最後に、20代の目標を聞いた。
最近、学生時代に友人と喧嘩してモヤモヤしていたことが、笑い話にできるようになったんです。あのときはあんなに怒っていたし、憎んでさえいたのに、今は笑って話せる。それって、良い10代を過ごした証拠だと思えますし、嫌なことよりも幸せを感じる瞬間が多かったからだと思うんです。
だから20代も、たくさん失敗すると思うのですが、振り返ったときにそれも笑い話にできるくらい、充実した毎日を送れたらいいなと思っています。
誰かに共感できる、自分に落とし込める素敵な作品。いろんな世代の人に観てもらいたい。

─── 脚本を読んだ感想を伺うと、「母として、息子として、どうにもならない現実を抱えている事実に胸が詰まるような思いがした」と答えてくれた菅野さん。「誤解を恐れずに言うと…」と、出演を決めたときの心境を話し始めてくれた。
難しい役だと思いましたが、きちんと役作りをして、真面目に向き合えば、今育児中の自分にも何かできるかもしれないと思い、お引き受けさせていただきました。
でも「自分だったらどうだろう」と考えるほど、わからなくなっていく感覚がありましたし、同じ母親として、美咲さんのように息子の未来を考え抜けるかと言われたら、全く自信がない。
だからこそ「こんなに素敵な女性を演じさせていただくんだ」という気持ちで、現場ではあまり「あれをしよう、こうしよう」と作りすぎず、現場で受け取ったものを大切にしていました。
─── 演じられた美咲とご自身を比べると、「全く似てない」と笑う。
美咲さんは、息子の未来に向けて、きっとそれまでにたくさん葛藤して、長い時間をかけて考えてきた人だと思うんです。
でも私は、地べたを這いつくばっているような母親で(笑)。この前、ジムの先生に「今日が元気で過ごせるんだったら、それ以上は全部欲です」と言われて。いかに自分が欲だらけなのかを痛感しました(笑)。
そんな私を美咲さんに近づけてくれたのは、監督や撮影チーム、共演者の皆さんのおかげです。「気が揃った」という言い方が合っているかわからないのですが、なんだか、とてもうまくハマってくれた。皆さんのおかげで、素敵な美咲さんを演じきることができたと思っています。
─── 息子役の山時さんとの初共演について伺うと。
これまでの作品を拝見すると、とても目力が強くて、熱い役者さんという印象だったのですが、実際にお会いすると、とっても柔らかい雰囲気の持ち主で、佑と似ているように思えました。
撮影期間中は毎日、自分自身の中で何かを掴んでいる様子が見て取れて、そのひたむきさに気持ちを動かされつつ、ただ見守っていました。本当に親子ほど歳の差が離れているので、自然とお母さんとしての目線で見ていた気がします。
─── 山時さんの10代最後の作品に共演できたことも印象深いと続ける。
10代最後の時間、19歳の特別な輝きをとても良い形で残してもらえたと思っています。俳優さんとして大切な時期にご一緒できたのはとても光栄でしたし、打ち上げのときに、ちょうど山時さんが20歳を迎えていて。初めてのお酒での乾杯をご一緒できたのも、いい思い出です。
─── 辛い場面や困難に遭遇したとき、菅野さんが自分にかける言葉があるという。
大丈夫、大丈夫。死ぬこと以外はかすり傷って(笑)。悪い方向に考えちゃうと、どんどんハマってしまう気がするので、これくらい大らかにいようと思ってます。育児も、「今、私は根性を鍛えているんだ!」と思って頑張っています(笑)
─── 「これをせずには死ねない!」ということを伺うと「ひとり旅!」と即答が。実は約4年前のインタビューでも、やりたいこと=「ひとり旅」と答えていた菅野さん。それを伝えると「変わらないなー」と笑った。
もう、何年も同じこと言ってるってことですよね(笑)。もう一度でいいので、ひとり旅に出たいという夢がいつか叶うといいんですけど…。次聞かれても同じことを答えてしまいそうです(笑)
─── 最後に改めて作品の見どころを伺うと。
山時さんの隣で観たのですが、二人揃って大号泣しました。しばらく涙が止まりませんでした。
親子のシーンだけでなく、友人関係や周囲の人たちの優しさ、ケアマネジャーの皆さんの存在など、すべてを包み込んでいる監督の人柄が、そのまま映し出されている、優しさに包まれた作品です。
観てくださる方にも、辛い中にも心が温まるこの感覚を持って帰ってもらえたら嬉しいです。

『90メートル』
監督・脚本/中川駿
出演/山時聡真、菅野美穂、西野七瀬、南琴奈、田中偉登 他
公開/3月27日(金)全国ロードショー
©2026 映画『90 メートル』製作委員会
山時聡真
2005年6月6日生まれ。2016年に映画『ゆずの葉ゆれて』で俳優デビュー。2019年放送の大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」では、阿部サダヲ扮する主人公・田畑政治の幼少期を演じた。2023年には宮崎駿が監督を務めたスタジオジブリの『君たちはどう生きるか』で主人公・眞人の声を担当。ほか、主な出演作に連続テレビ小説「エール」や映画『約束のネバーランド』、『散歩時間~その日を待ちながら~』など多数。
菅野美穂
1977年8月22日生まれ。1993年にドラマ「ツインズ教師」でデビュー後、ドラマ「イグアナの娘」、「君の手がささやいている」、「ゆりあ先生の赤い糸」、「ウチの娘は、彼氏が出来ない!!」など、多数の話題作に出演。映画『Dolls(ドールズ)』、『さくらん』、『奇跡のリンゴ』、『明日の食卓』ほかでも活躍。近年は、2024年公開映画『ディア・ファミリー』、2025年公開映画『近畿地方のある場所について』など、多彩な作品に出演。

