みんなで集まって遊ぶのが演劇。一緒に何をして遊ぶか考えることで、より豊かな時間になっていく【成河】
2020年、コロナ禍による臨時閉館で上演が中止となっていた音楽劇が、3年の時を経て遂に上演決定。作品名は『ある馬の物語』。
ロシアの文豪、トルストイの小説を舞台化した本作で、“ある馬”を演じる成河さんに、本作、そして演劇に対する想いを語っていただきました。
─── コロナ禍を経ての上演ですが、3年の間に気持ちに変化はありましたか?
ステージ、ライブエンターテイメントに対して思考することが多くなりました。
元々観劇人口の先細りということが危惧されていたのですが、全国の劇場が緊急事態宣言中に休館となって、それが加速したことで、自分のなかで問題意識が大きくなりました。
この先、日常が戻ってきたとして、今まで通りのやり方を続けて良いのだろうか? そもそも、これまでのやり方は本当に正しかったのだろうか?
と、自問自答を繰り返しましたし、問題を解消するために自分にできることは何かを考えました。
─── 考えた結果、思いついたことは?
いくつかありますが、思考するうえでまず意識したのは、製作者・プロダクションと、お客さまの間に立って、両者を結び付ける存在になれないかということ。
たとえば、役者がネットで発言するにしても、マーケットを活性化させるためだけの発信ではなく、長い目で見て、演劇文化を豊かにするための発信ができたら良いと思いますし、お客さまにもこの問題を自分事として考えてもらえるよう、内情に耳を傾けてもらう機会を設けることもできます。
これまでの役者人生において、こうしたことを人任せにしてきたことを反省するきっかけにもなりました。
─── 本作に参加するにあたって考えたことは?
僕が演じるホルストメールは、人間たちが、“僕の馬”“僕の奥さん”“私の国”“私の国民”と、自らの所有物を示すことに疑問を抱いています。
トルストイが原作を書いたのは、ロシア帝国で農奴解放令が布告された直後です。
人間が誰からも所有されることのない時代が訪れたかのように思われるけれど、100年以上経った今でも、根本的には何も変わっていない。
“私の〇〇、あなたの〇〇って何?”というモノローグは、自分にとっても強烈なインパクトとなりましたが、トルストイが言わんとしていることは、“そんなものはないんだよ”ということ。
では、自分の所有物は何もないとわかると、人はどう生きるのか? 自分にとっての国とは? 友だちは? 家族は? と、僕自身もトルストイの言葉を頼りにさまざまなことを考えさせられています。
─── 演劇に対する熱い想いが伝わってきますが、成河さんにとって演劇とaは?
演劇の基本は“人が人をみる”ことで、飲み会と一緒だと思うんです。
みんなで集まることが大前提で、集まったうえで、みんなでああでもないこうでもないと意見を交わし合う。もちろんお客さんもその一員です。
一時期、“参加型の演劇”というのも流行りましたけど、そんな演出をしなくても、そもそも劇場はお客さんも含めてみんなでなにかをやる場所だと思うんです。
お祭りもそうですよね。神楽を演奏する人や舞う人がいて、それは神様への奉納として、観ている人たちは、ただ観ているわけではなく、それぞれの心のうちに浮かぶ想いがあると思いますし、お祭り自体、みんなが集まらなければはじまらないものだと思います。
─── 成河さんにとって、劇場は特別な場所なのでしょうね。
僕にとっては“逃げ場所”でした。言い換えると、“救われる場所”。
映画が好きな人にとって映画館がそうであるように、劇場にいると、“誰かと同じじゃなくてもいいんだ”と思うことができました。
心が潰れるほどしんどかったある日、劇場に座ってある公演を観ていたら、僕が笑っている隣で誰かが泣いていて、みんなでひとつのものを観ているけど、同じものを観ているわけじゃないことに気が付いたんです。
それでいいんだと、目が覚める思いでしたし、それがお祭りの奉納と同じなのかなと。
─── お祭りと捉えると、演劇がもっと楽しくなりそうですね。
英語圏だと、演劇は“PLAY”ですが、みんなで集まって遊ぶ(PLAY)ことが楽しくないわけがないですよね。
集まって遊ぼう! じゃあ何をしよう? 何について考えようか? って、考えているだけでも楽しいですし、考えることでもっと豊かな時間にできるはず。
もちろん、“難しいことを考えずに全部忘れて大声で歌おう!”っていうのもあっていいけれど、人はそれだけだと実は(豊かに)生きていけないと思うんです。
そんな時は、集まって別の遊びを考える。それが演劇。
より豊かになっていくために集まって、お客さんと一緒に新しい遊びを考えていくものだと思います。
─── 最後に本作を楽しみにしているお客さんにメッセージをお願いします。
トルストイ・ロシア・演劇っていわれると、身構えて筋肉が硬くなるかもしれませんが、実にアクティブで生きる喜びにあふれた作品です。
そのなかのふとした静寂に、作品のテーマである“所有”について想いを馳せる時間を共有してもらえればと思いますが、出口はみんなバラバラでいい。
そういう時間と空間をつくれたらと思っているので、ぜひ気軽に世田谷パブリックシアターに遊びにきてください。
音楽劇『ある馬の物語』
原作/レフ・トルストイ 脚本・音楽/マルク・ロゾフスキー 詞/ユーリー・リャシェンツェフ 翻訳/堀江新二 訳詞・音楽監督/国広和毅 上演台本・演出/白井晃 出演/成河、別所哲也、小西遼生、音月桂 他 公演/6月21日(水)〜7月9日(日) 会場/世田谷パブリックシアター(世田谷区太子堂 4-1-1) ※兵庫公演あり 宣伝美術:秋澤一彰 宣伝写真:山崎伸康
成河
1981年まれ。大学時代から演劇を始め、北区つかこうへい劇団などを経て、舞台を中心に活躍。国内外の著名演出家の作品に多数出演。2008年度文化庁芸術祭演劇部門新人賞受賞をはじめ、2011年には、第18回読売演劇大賞優秀男優賞を受賞、2022年には、第57回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。映像作品では、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、「ここは今から倫理です。」などに出演。今年は、8~9月にショーン・ホームズ演出「桜の園」、11月には、インバル・ピント演出「ねじまき鳥クロニクル」(再演)への出演を控えている。